訪問の現場で、同じ質問を何度もされることがある。
さっき伝えたはずのことを、数分後には忘れてしまう。
「今日は何曜日だっけ」
「あなた、誰だっけ」
「もう来たの?」
その一つひとつに、悪気はない。
物忘れがひどくなると、本人が一番困っている。
忘れていることに気づいていない時もあれば、
「また忘れてしまった」と不安そうな顔をする時もある。
その表情を見るたびに、こちらがどう関わるかの重さを感じる。
僕がいつも気をつけているのは、決して怒らないことだ。
同じことを何度も聞かれると、正直、余裕がなくなる瞬間はある。
それでも、声を荒らげたり、ため息をついたりしない。
怒られた記憶だけが残ってしまうことを、僕は知っているからだ。
分からないことは、繰り返し伝える。
初めて話すように、穏やかな声で。
「今日は〇曜日ですよ」
「今からお風呂に入りますよ」
「さっきも話しましたよ」とは言わない。
その一言が、相手の自信を静かに奪ってしまうからだ。
大切なのは、正しく覚えてもらうことよりも、安心してもらうことだと思っている。
記憶は残らなくても、感情は残る。
優しくされたこと、落ち着いた空気、守られている感覚。
それらは、ちゃんと心に積み重なっていく。
時には、「また忘れちゃったね」と自分で笑う人もいる。
その笑顔の裏に、どれだけの不安があるかを想像する。
忘れてしまう自分を、必死に受け入れようとしているのかもしれない。
介護は、答えを急がない仕事だ。
昨日できたことが、今日はできないこともある。
同じ説明を、何度でもやり直す。
その繰り返しの中で、信頼が少しずつ育っていく。
今日も、同じ質問をされた。
そして、同じ答えを、同じ声のトーンで伝えた。
それでいいのだと思っている。
忘れてしまうことは、責められることじゃない。
怒られない場所があること。
何度聞いても、同じように答えてもらえる人がいること。
それが、その人の安心につながる。
介護は、記憶を取り戻す仕事ではない。
その人が、その人らしくいられる時間を守る仕事だ。
僕は今日も、同じ言葉を、同じ気持ちで伝え続けている。


コメント