「またね」が、こんなにも重い言葉だと思わなかった

介護ブログ

人と話すことは、当たり前のことだと思っていた。

声に出して、言葉を選んで、気持ちを伝える。

でも、その「当たり前」が、簡単じゃなくなる瞬間がある。

訪問の仕事で出会ったその方は、病気の影響で言葉がうまく出ない。

何か話そうとしてくれるのだけれど、途中で止まってしまったり、音にならなかったりする。

それでも、その方は諦めない。

眉を動かし、口を必死に動かし、手を少し持ち上げて、一生懸命に自分の思いを伝えようとしてくれる。

こちらが急かしているわけじゃない。

でも、時間が流れる沈黙の中で、申し訳なさそうな表情をされることがある。

まるで「うまく話せなくてごめんね」と言われているようで、胸がきゅっとなる。

「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいですよ」

そう伝えると、その方は少しだけ安心したように、また言葉を探し始める。

会話はスムーズじゃない。

それでも、不思議と気持ちは伝わってくる。

言葉よりも先に、思いがこちらに届く瞬間がある。

ケアを終えて、帰る準備をする時間になる。

すると、その方は必ず同じことをしてくれる。

車椅子から、精一杯腕を伸ばして、何度も手を振る。

声は出ないけれど、口の動きでわかる。

「またね」。

その「またね」は、ただの挨拶じゃない。

次も来てくれると信じている気持ち。

今日の時間が、ちゃんと心に残っている証。

そして、言葉がうまく出なくても、関係が続いているという実感。

ドアを閉めたあと、しばらく立ち止まってしまうことがある。

自分はちゃんと向き合えただろうか。

伝えたい思いを、途中で諦めさせてしまわなかっただろうか。

考え始めると、答えは簡単には出ない。

人は、話せなくなっても、感じなくなるわけじゃない。

思いがなくなるわけでもない。

むしろ、言葉にできない分だけ、その一瞬一瞬に、たくさんの気持ちが詰まっている。

今日も、あの方は手を振ってくれた。

その小さな動きが、僕にとっては何よりも大きな「ありがとう」だった。

次に会うときも、また同じように手を振り合えるように。

その「またね」を、これからも大切に受け取っていきたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました